医療法人 東札幌病院 2012年のキーワード

「未来萌芽」
 
理事長 石谷 邦彦
 

20世紀末に日本は予測のつかない歴史的な「大転換(The Great Transformation)」の時代と言われ久しく時が経過した。しかし今なおその未来は不確実であり、世界は不安定さを増している。21世紀の社会システムにおいて、個々の組織(企業)がどのような立場を意図するのか。それはこの社会システムの中で自らの組織がどのように位置付けされるかではなく、日本が全体としてどのような社会システムになるのかという歴史的な選択に積極的に係る必要があるということであろう。政治や行政に自己革新のダイナミズムをすぐに期待できない現在の日本において、数少ない自己変革の引き金を自分で引くことのできる存在の私たちである。
すでに東札幌病院には新しい段階への変化が萌芽的なかたちで出現している。まさしくこれは「未来萌芽」である。まず第一に昨年から始まったニュ−ヨ−クのカルバリ−病院との姉妹提携の再開と、サウスカロライナ医科大学腫瘍学講座と交流を挙げることができよう。現代のような不確実の時代には、既成の概念から自分を解き放って、自分なりに全身で世界の動きを掴み取って行動の方向を決めていかなければならない。広い空間感覚、長い時間軸の中に自己を置き、そこで初めて自分の生き方や物の考え方を振り返ることができ、新たな豊かさを増して明日に生きる道を切り拓くのである。自分を徹底的に孤独な状態に置かなければ自分と出会えない。そして自由になることができるのである。この意図をもっての国際交流はまさしく「未来萌芽」と言えるであろう。第二は「チ−ムがん医療実践テキスト」の発刊である。がん専門病院としての30年の歴史的経験と最新の知識・技術を結集したこの教科書は多くの方々から賞賛を浴びている。歴史意識は自分が「誰」であり、「何」をしてきたかについての自己認識と密接に結びついている。そして個人の歴史といえども個人で完結することはなく、絶えず「他者の眼差し」に晒され、社会的文脈に開かれている。これはしばしば個人のレベルを超えて共同体、民族、国家の歴史ではいっそう先鋭化した形で現れる。「歴史」という言葉はギリシャ語historia(探究)を語源とする。歴史は「出来事としての歴史」と「記述としての歴史」があり両者には常に逆説的な循環関係がある。歴史的出来事は歴史的記述に存在論的に先行する。他方で歴史的出来事の存在は「探究」の手続き、すなわち認識論的な歴史的記述を通じてのみ知ることができる。すなわち「存在」は「認識」に従属しながら、歴史は両者の絶えざるフィードバックを通して確率されていく。歴史は過去を意味しないのである。私たち共同体東札幌病院が歴史的記述として記した教科書はこの意味で強烈に未来を示しているのである。それはそのタイトルに真に表現されており、これもやはり「未来萌芽」であろう。第三には昨年の第16回日本緩和医療学会開催に際し新しい方向性の確立に主体的に関与したことが挙げられる。人類の歴史において社会の進歩・発展は常に科学のそれを基礎としてきた。しかし日本のいずれの科学的な学会も20世紀末の社会の風潮、すなわち短兵急な科学の社会への貢献を求める声「社会にすぐに役立つのか?」に屈し、あたかもそれに添うことが正義であると勘違いをしてきたようである。日本緩和医療学会もその例にもれず、むしろ率先して科学の進歩・発展を等閑にしてきた感がある。昨年の札幌での学会のプログラム編成でそれを正す機会が与えられ今後に希望を繋いだと言われている。科学に携わる者は社会に迎合せず為すべきことを為すべきであろう。
これらはいずれも昨年の出来事である。しかしいずれも数年をかけての計画的に未来を見据えての事柄である。「生活者と旅人が重なり合うと都市は美しくなる」という言葉がある。その意味でいくつかの「未来萌芽」のうち国際交流を最も重要な課題と考えている。自分の生きてきた世界と異なる世界の情報に接したときに、人のなかに知的な刺激が生まれ、知的な判断は知的なエネルギ−を発生させる。主義主張や立場に拘泥せず、柔軟に行動できる個人や組織、ひいては国家がこの困難な時代に大きく発展すると確信している。私たちの希望の「芽」を今こそ育てなければならない。

2012年1月1日
 
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